屠蘇

当院では、新しい年を元気に過ごしていただくために、毎年暮に屠蘇を皆様に差し上げております。この屠蘇について、少しご紹介致しましょう。

屠蘇は二世紀から三世紀頃に活躍した名医華蛇が処方したものと言われています。その当時、中国では、三角に縫った袋に入れて、除夜に井戸の中につるし、元旦に取り出して酒の中に入れて煎じ一家揃ってのみ、煎じ滓は井戸の中に捨てたそうです。この井戸の水を飲むと、一代の間無病であると言われています。

この話でわかるように、屠蘇は病気の予防薬と考えられます。公事根源をみますと、
「五十二代嵯峨天皇の弘仁年中(西暦810から824)に始められる。一人これを飲みぬれば一家に病なし、一家でこれを飲みぬれば一里に病なしと言う、めでたき功能はべれば、年の初めに是を奉るにや」
と書いてあって、禁中より元旦に飲むことが始まって、後、段々民間に広まってきました。

処方の内容は時代によって一定しませんが、普通に用いられているものについて吟味してみましょう。

白朮びゃくじゅつ

一般にオケラと言って親しまれています。健胃剤で、水分を取り去る作用があります。正月のモチは体の中に水分をためる作用があります。そのためモチを食べた翌日は顔がはれぼったく感じます。モチを食べると太るからどんどん食べなさいと子供の時に教えられたものですが、太るのではなく水がたまって水ぶとりになっているのです。このように、水がたまることを漢方では水毒と言っています。この水毒からおこってくる病気に喘息がありますが、モチを食べると喘息の発作が起こってきます。だから白朮はモチを食べておこってきた水毒を除去するように働くので、正月には大変必要な薬です。

桂枝けいし

屠蘇を飲むとよい香がしますが、これが桂枝の香なのです。桂枝は血の循環をよくし、体を温め、心臓を強くします。そして解熱の作用があります。そのため、寒い正月には必要な薬です。桂枝が入っている桂枝湯は風邪薬として有名です。

桔梗ききょう

桔梗の根ですが、強い袪痰作用があります。水毒のため気管に水がたまるとこれが痰になります。この痰を取る作用が桔梗にありますから白朮と共に水毒を治すと考えて良いでしょう。

防風ぼうふう

風によっておこる病気、たとえばリューマチや風邪を防ぎますので、寒い時にはかかせないものです。

屠蘇には以上のような薬が入っていますので、正月にありがちな食べすぎや飲みすぎ、過労や寒冷などによって起こる種々の病気の予防や治療を目的にしていると考えられます。

唐の孫思邈の『屠蘇飲論』という本をみますと、屠蘇は鬼気を屠絶し人魂を蘇省する効能があると言われ、屠蘇と名づけられたということですが、処方の各薬の作用を吟味したように屠蘇は正月にはかかせない簡単な、また美味な養命酒ですから、屠蘇を飲みながら素晴しい正月を送っていただきたいと思います。

1961年12月 細野八郎(完爾)

この記事を書いた医師

細野 完爾(八郎)(ほその かんじ はちろう)(1930-2020)

院長 細野孝郎の父
昭和31(1956)年京都府立医科大学卒業 昭和33(1958)年聖光園細野診療所にて勤務開始

幼少のころ、小児喘息にひどく悩まされ、父細野史郎の漢方治療により病を克服。父の意志を受け継ぎ、喘息やアレルギー性疾患など多くの患者の漢方治療にあたる。

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