酒と煙草

酒と煙草、それはどんな医者でも健康に害ありとして病人に禁止するものです。もちろん酒も煙草もいいものではありません。ことにお酒は動脈硬化をすすめたり肝臓を悪くしたりするし、煙草は血管を収縮させたり、心臓に悪かったりします。またこのごろは煙草の刺戟で舌癌や肺臓癌が多いともいわれます。だから肝臓の悪い人、血圧の高い人、心臓の悪い人はこれらを好まない方がいいわけです。

だからといって、悪いものには蓋をしろ、だけでは余りにツヤ消しです。もうちょっと何とかならないだろうかというのが欲の深い我々人間の願いです。第一、酒も煙草も口にしませんなどといってかしこまっている人の顔を想像するだけでも肩がこってくるように感じます。

一生道徳的完成へ熱烈な望を持ちつづけ、偉大な仕事をなしとげたフランクリンの十三徳の第一は

「摂生、飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。」

です。度を過しては何だって悪いのですが、適度を守り、のびのびと生きる工夫をしたいものです。欲望におぼれる人は問題になりません。人生を正しく生き、健康に過そうという望み、向上心がまず第一です。

一体お酒を飲んだり煙草をすいたいというのはどういう欲望でしょうか。人間は生まれながらにして勉強するよりは、遊ぶ方が面白いという性質を持っています。更に、私共がこのような刺戟をより欲するのは疲労した時です。医者が長時間の手術を終わったときは思わず一服したくなり、お酒を口にしたくなります。なければ消毒のアルコールでも臭ぎたくなったりします。同時に手術室の医者のイライラした、緊張した精神を思い出せば、気持ちをイラだてることが悪いことがわかります。肉食が多すぎて体にこりが生じたときも、お酒が欲しくなるものです。

痩せた人は少量の美酒を飲み、適当の運動をするのがよく、肥った人はむしろ煙草を少量のむのがいいのです。気持ちのとがった人は少量のお酒でゆったりとした気分になると大変効果的です。漢方医学では薬酒を沢山使っています。本院の“聖光酒”は一袋を一升の上等酒に入れ、少量ずつ毎日飲むと痩せた人や冷え性の人にはよく効きます。

田舎へ行ってみたら一升四百円か五百円の酒しかないのにびっくりしました。酒も上等の酒は頭も痛くならないのですが、悪い酒は、皆さんご存知のように頭にきます。有害色素や化学的食品と同時に、このような悪い酒がはびこると大変だと思います。ことに日本の健康の温床である農村に、都会の菓子や肉などと同時にこのような悪い酒が入りこんだのではたまりません。

何度も書いたことですが、ある名医が胃病の人に煙草をすすめて長年の病気を治した話があります。羊かんや饅じゅうをいつも食べる癖のある人だったら、これをまぎらすために煙草をのんだ方がまだいいことがあります。一日五、六本までの煙草や一合まで位のお酒ならまだ大丈夫というのが通則でしょう。
私たちは脈をみて、酒のみの人も、お菓子の好きなひとも同じような脈であることに気づきます。同じく強い酸性食品でアチドージスを起こします。

酒のみに二つ型があります。一つはお酒を飲んだら何にも食べない人です。サカナは漬物でも味噌をなめてもいいといった酒のみでご飯を食べません。一つは飲みだすと食べるわ食べるわ、オサシミ、焼豚、ビフテキ・・・・・・その上ご飯を平素の二倍も平らげるというものもあります。前者はお酒を飲んでも大抵立派な体格で長寿です。後者は胃を悪くしたり種々の故障が出てきます。

漢方のお薬を飲んだり、お灸をすえたりして体を治してゆくと、今までお酒を飲むと青くなった人が赤くなるようになり、またなかなか酔わなかった人がわずかのお酒で陶然と気持ちよくなるように変わってきます。また反対に煙草をちょっと喫うとクラクラしたり、一杯の酒で真赤になったりした人が、体質を強くすると、適量まで耐えるようになります。

お酒にもいろいろな種類がありますが、その方の通ではありませんので詳しく申上げられません。東洋医学的にいうとやはり体質によって体に合う酒があります。冷える方の体質の人はビールを飲んでいる間は少しも小便が出ないがお酒を飲むと温まって尿利がつくことが多いようです。元気な体質で肉食が好きで便秘勝ちの人がビールを飲むと便通が気持ちよくあって体がすっとすることがあります。
近頃はお酒が統制のためアルコールを入れるようですから、一般にいえばビールが何といっても安全でしょう。

最後にちょっと悪いことをお教えしますが、漢方に「二日酔の薬」があります。お付き合いなどでどうしても飲む機会の多い方は、体をこわさないようにお酒の後にご愛用下さい。一部の方からは大変ご好評を受けています。

1952年4月 細野史郎

この記事を書いた医師

細野 史郎(ほその しろう)(1898-1989)

院長 細野孝郎の祖父
昭和2(1927)年京都帝国大学医学部卒業 昭和3(1928)年細野医院開設(後の医療法人聖光園細野診療所)

長男の小児喘息を治したい一心で漢方治療に取り組み、治療に成功する。以降も熱心に漢方治療に取り組み、京都の他、東京、大阪でも診療にあたる。日本東洋医学会設立に尽力し、昭和27(1952)年日本東洋医学会理事長に就任。多年に亘る東洋医学振興の功績により、昭和56(1981)年文部大臣賞を受賞。

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