細野漢方診療所 Hosono Kampo Clinic
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高血圧の話

さて血液は心臓を中心として動いております。くわしく云いますと、心臓の大きな力で送り出されるのに二通りありますが、その一つは心臓から酸素や栄養物を、身体の隅々までもって行くものと、もう一つはお役目をはたしていらなくなった物や、炭酸ガスなどを荷って心臓に帰って来た血液を、更に新しくするために肺臓へ送るのとであります。

前に云ったのは体循環系(大循環)といい、後のは肺循環系(小循環)といっております。

普通、血圧と云うのは、このとき心臓から身体のすみずみまでに送り出されるときの血管す
なわち動脈の内圧のことなのです。では、血液が循行するのはどの様にして行なわれるかと云いますと、申すまでもなく、その原動力は心職の収縮力で、血液は動脈内へ押し出されるので、このとき動脈は決してただのパイプの役だけでなく、もっともっと大切な働きをします。それは動脈壁自身の弾力性で血液を末へ押し進めるのを助ける働きと、血管の太さを加減して、血液の分配量を加減する働きとをもっているのです。

これは水道にたとえると一層わかりやすいと思います。水道は各戸、または二・三戸ごとに元栓がありますが、この元栓を方々ですっかり開けてしまいますと、低いところの水の勢いが強くなりすぎて高い所では全く水が出なくなります。そして配水所ではもとの水圧が低くなってしまいます。この元栓が各戸の配水の調節に大きな役をしているわけで、人間での末相血管の抵抗とよく似ており、もとの水道タンクの水圧は動脈血圧に例えられましょう。

このように私達のからだは、大変都合よく出来ていますが、この末梢血管の抵抗は、この部の細動脈の直径を細くしたり、太くしたりして変化しますが、これを調節するものは、血管運動神経という自律神経と、体液性の物質なのです。

この体液性の物質とは、血液の中に含まれている血管をちぢめたり、ひろめたりする作用のある種々の化合物、すなわち、色々のホルモンや、身体の内で分解して出来たものなどのことなのです。

で、血圧の高い低いを決定づけるものは、何かと云いますと、その元は心臓の収縮力ですが、それよりも、もっと大もとの原因となるものは、即ち、心臓の収縮力を、強めたりよわめたりする必要をおこさすものであるはずです。それは、血液の粘稠度、体内の血液の総量、動脈の壁の弾力性、末梢の細動脈の抵抗などから起こる末梢性の抵抗力の大小によるものなのです。

しかも一般に現代医学では、血圧を高くする原因は、この四つの中でも、末梢細動脈の抵抗が最も大きいと見ています。

この抵抗の大小は、人々により、年齢により、大いに差があり、血圧の比較的高い人と比較的低い人をつくる大きな原因であり、しかもこの細動脈の抵抗を調節する血管運動神経と、体液性の物質のはたらき方が、人によって、生まれつきにも、また後天的にも色々ちがっています。

ところで漢方医学では、病気は“気”“血”“水”の過不足や食物による毒作用などから起こるものと考えております。

ここで“気”とは精神や神経の作用のことで、心の緊張が過ぎると病いになり、神経系がいつも興奮しつづけていると、それ自体、病いの状態となるのだと云い、“血”というのは、生理機能に悪影響を及ぼすもの、たとえば、前にも云った血中の体液性の物質や、ホルモン系の失調状態などから起こる自律神経系の異常状態を引き起こし、血液の分配の上にくるいが出来ることで、俗に、瘀血と云っている現象のことを云います。

また、“水”とは、身体の水の成分のことです。これが多すぎたり、少なすぎたりすると、内臓などが円滑に働くことができなくなります。ことに、浮腫までいかずとも、水が身体にたまりすぎてわざわいを起こしてくると、“水毒”と云って恐れられ、息切れ、動悸、めまいなどを起こさせたり、咳や、下痢を起こすのも、皆、この“水毒”のためだと考えています。

また、食毒と云うのは、常に肉食や、高栄養のものばかりをたべますと、それがいつしか身体中につもりつもって、害毒を及ぼすことによるので、わかりやすく云いますと、血液の粘稠度を高めたり、血管や、脳などを異常にしげきする物質を血中に多からしめるのだと考えて、それに“食毒”と云う名をつけたのです。

高血圧の病では、以上四つの中でも、ことに、血中水の潜在性が多くなる為に、身体総水量が多くなったり、食毒などの原因で血液の粘稠度を高め、ついには動脈壁の弾性度もへり、所謂、一つの老化現象である“動脈硬化”が起こって来るわけなのです。また神経過敏となり、或いは、いつも精神の緊張をつづけていると、間脳にある血管運動神経中枢の興奮性が高まり、たえず未梢部の細動脈の直径を小さくして、この部の抵抗力を高めることになるので、高血圧の起こる最大原因たる末梢細動脈の抵抗の増大も“気”に大いに関係があるわけなのです。

つまり、漢方では、一般の気はこの“気”“血”“水"の過不足や“食毒”によってなり立ちますが、ことにこの高血圧症は、これと深い関係があるので、その中の一つと云えども、決してゆるがせには出来ません。この調整をはかる為には、食生活を正しくすることも大切ですが、それを漢方によって補正しつつ行くのが、もっとも道だといえるわけなのです。

ここで、一言申し上げておかねばならないことは、世上、血圧の高いことを、ひどく恐れる人があるものですが、それは一知半解の見にすぎません。血圧の高い必要があってこそ血圧が高くなるので、むしろ、生理的な現象で当然のことなのです。たとえば、末梢血管の抵抗を押し切って血液が流れるために、心臓の収縮力がつよまり、その結果、血圧が高まってもこれは自然の代償作用に過ぎません。もし、細動脈がせまくなっているのに、血圧があがらなかったり、全身への血行量がたらなくなったり、栄養や、ガスの交換も不十分になりがちとなり、体の機能もおとろえて来て、重大な状態となってしまうわけなのです。従ってこの高血圧を治す場合に、必要性から高くなった血圧を何等の準備もなく引き下げてしまうことは、大いに慎しまねばならないことなのです。

世に、降圧剤の弊のおこるのもこのためなのです。漢方での高血圧症の治療が適しているのは、根本的に“気”“血”“水”の調整をはかり、食毒の害をのぞきつつ、その老化現象を軽め、身体の改善をはかりつつ血圧を下げるところに、現代医学の追随をゆるさないよい所があるわけなのです。

1957年10月 細野史郎

この記事を書いた医師
細野史郎(1898-1989)

細野 史郎(ほその しろう)(1898-1989)

院長 細野孝郎の祖父
昭和2(1927)年京都帝国大学医学部卒業 昭和3(1928)年細野医院開設(後の医療法人聖光園細野診療所)

長男の小児喘息を治したい一心で漢方治療に取り組み、治療に成功する。以降も熱心に漢方治療に取り組み、京都の他、東京、大阪でも診療にあたる。日本東洋医学会設立に尽力し、昭和27(1952)年日本東洋医学会理事長に就任。多年に亘る東洋医学振興の功績により、昭和56(1981)年文部大臣賞を受賞。

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