不妊症に対する漢方の基本的な考えは、まずは体をもとある状態に戻すことです。言い換えれば何らかの外的・内的な要因が加わって、体の軸がぶれた状態であるため妊娠しにくいと考えて下さい。体がどちらの方向にどの程度傾いているかは、正しい知識や経験に基づき、東洋医学的な診察(脈診、舌診、腹診)、問診などを元に診断し、そしてその診察結果に基づき、漢方薬、場合によっては鍼灸治療などを併用して正しい方向に軸を向けて、効果的に妊娠できる体作りを進めて行くことが漢方治療の大原則です。
漢方の不妊治療「体を良い方向に向ける」
簡単に言うと、まず一つの考えとして、「気血水」の三者のバランスを整えることが肝心です。
● 血の質を良くする(養血)
● 体にエネルギーを補う(補気・補腎)
などが考えられます。
これらの改善を単独で行うこともあれば、また処方を組み合わせて同時に行う場合もあります。これがいわゆる、「気・血・水」を整えることです。これら治療をどのような順番に行うか、またどの様な処方の組み合わせが良いかなどを考え、適切に行うことが、漢方薬を使った不妊治療の基本となるのです。
妊娠しにくい体とは、生理(月経)不順、生理痛、性交痛、冷え性(特に腰部、臀部、大腿)、便秘などの症状があり、これらがあると妊娠しにくい方向に体が傾いている、いわゆる血の巡りや血の質の悪い体である可能性があります。
体の傾きを治すには、血の通りを良くする(活血)、血の質を良くする(養血)、気の通りを良くする(理気)、気の不足を補う(補気・補腎)、水分代謝を良くする(駆水)などの方法を組み合わせて漢方を考えて行きます。これがいわゆる「気・血・水」のバランスを整えることですし、またこれがよく言われている瘀血(おけつ)の治療の根本とも言えます。バランスを整えるとだけ書くと、簡単なことに思われるかも知れませんが、実際にはどの様な組み合わせで、どの様な順序で治療するのが良いのかを判断する方法は非常に複雑です。
血の巡りを良くする漢方
私は治療の導入には基本的には血の巡りを良くする漢方から組み立てることが多いです。と言うのも、不妊の漢方治療を希望されて当院を初診される方の大半が35歳前後と時間的にも余裕のない場合が多いために、急いで体を作らなければならない場合が多いからです。本来ならばある程度時間をかけて水の流れを良くしてからとか、まずは気の流れを優先して整えてからとか、状態によってはこれらの治療を優先した方が結果的に良い場合もあります。治療の方針はとても重要なことですから、初診時にご希望をお伺いした上でそれぞれご提案できればと思っています。
血の巡りを良くする漢方は大きく分けて二つのグループに分けられます。
「強く血の巡りを良くする漢方」
一つ目のグループは「強く血の巡りを良くする漢方」で、比較的作用の強い生薬より構成され、作用の体感や出現が早い漢方です。作用としては子宮・卵巣系統の血の流れを活性化するのですが、同時に消化管の動きも活性化してしまいます。そのため体に合わないと下痢等の副作用が出てしまいます。中には一週間に一回しか便が出なかった人が毎日出るまで改善されてしまう強い漢方もあります。基本的には便秘の人が一日一回出る程度の強さまでならば問題なく使えるでしょう。便秘の方にとっては、むしろこれは副作用と言うのか期待される効果の一つと言っても良いでしょう。
「体を温めることによって血の巡りを良くする漢方」
もう一つのグループは「体を温めることによって血の巡りを良くする漢方」です。温性の生薬を中心に組み立てられ、服用することによって背部や臀部、大腿の冷え等が解消されて、気付けば血の巡りが改善されて妊娠しやすい体になっているでしょう。ただ、あまり冷えも感じなく実証(体の強めな人)の人に処方しても、体感に乏しいことがあります。その様な人には前者のグループの漢方が適しているでしょう。実際にはこれらの2つのグループが境界明瞭に存在しているわけではなく、両端にそれぞれAとBという漢方が対極的に存在し、その間に両者の性格を備えた数多くの漢方が存在すると考えて下さい。そしてそれらを単独で用いるか、あるいは適切な比率で配合して合方とし、その人の体に合った最適な処方を作成するのに必要なのが先述した東洋医学的診察などです。
不妊治療
漢方治療を開始すると、比較的早くに大半の方が治療効果を実感されるでしょう。全く何も体感出来なければ治療は続きません。まずは生理(月経)の状態の変化に気付かれる方が多いと思います。生理痛の軽減、月経前症候群が軽くなった、経血の出方の違い、色や性状の変化などです。また服用後最初の月経がいつもより早く来たとおっしゃる方もおられます。強いグループの漢方を使った方々は、服用開始後ただちに便秘の改善は体感されるかと思います。腸の動きが活発化していれば子宮卵巣系の血液の巡りも改善されていくでしょう。また温めるグループの漢方を使った方々は遅くとも服用後3回目の生理頃から、背部・臀部・大腿部の冷えの改善を体感されると思います。早い方では直ぐに、「何となく温かい」と言う感じで体感出来ます。そうなると血液の巡りが良くなってきているはずです。この様な体感などを経て、半年程度経過した頃より基礎体温表の形が整って来るかと思います。そうなると妊娠できる可能性の高い体に変わりつつあると言えます。
たまに、自然妊娠の時と人工授精、または体外受精の時とでは漢方治療の方法は異なるのか?とご質問されます。体外受精時の治療に関しては体外受精時(IVF)に書きましたのでご参照下さい。基本的には治療の入り口は体の軸を正すという方向なので同じです。理想的には体外受精もある程度体の軸が元に戻ってより受けられると良いかと思うのですが、現実的には時間(年齢)との勝負という面もありますので、漢方治療も体外受精等を含めた不妊治療サークルの一つとして、それらの治療と歩調を合わせてサポートすることを考えなければなりません。
長期の不妊症と精神状態「気の滞り」
一般的な傾向として、不妊治療が長期になると精神的にも圧迫が強くなり、いわゆる漢方で言うところの「気の滞り」が出てきます。これは言い換えれば体の中でエネルギーの巡りが悪くなることです。もう少し言えばホルモンのバランスを崩すことと考えて下さい。一例として思春期の頃などに精神的な大打撃やストレスを受けたときにしばらく生理が止まってしまう事例を想像して下さい。つまり長期の不妊治療がストレスを生み、結果として(生理が止まるまではいかないけれど)ホルモンバランスの悪化を引き起こし、さらに妊娠しにくい体に陥っていく悪循環です。これが顕著になると自覚症状として表れてきます。抑鬱感、頭重感、咽の閉塞感、胸部の不快感(呼吸が深く吸いにくい感じや動悸など)、右脇腹の不快感、便は出ているけれども腹部の膨満感などです。これらの症状があると気の滞り(気滞・気鬱)の存在が疑われます。実際に不妊で来院される方の1/4程度にこれらの症状や診察所見が認められます。この様な時には血の流れが良くなる漢方を基本に、気の流れが良くなる生薬を加味すればこの悪循環を断ち切ることが可能です。しかしこれらの症状が前面に出ている場合は、やはり気の巡りを良くする治療を優先した方が結果として早く妊娠に結びつくこともあります。
不妊治療の漢方
不妊症の治療に実際に用いている基本となる主な漢方を紹介致します。
下記の漢方薬を基本に、さらに必要に応じて150種類の「単味」と言う生薬エキスの中から必要に応じて薬味を加え、その方の体に細かく合わせたオリジナル漢方を調合致します。
これこそ当院の薬が「オーダーメイド漢方」と言われている所以です。
自然妊娠を希望の方、体外受精でなかなか効果が出ない方、いつでも細野漢方診療所へご相談にお越しください。
代表的な漢方例
漢方治療 | 漢方 |
---|---|
気の巡りを良くする | 柴胡、 香付子、 橘皮、 枳実、 厚朴などの生薬を中心に組み立てられたもの 香蘇散、 正気天香湯、 半夏厚朴湯、 四逆散、 柴胡疎肝湯、 四逆解毒湯、 逍遥散、 抑肝散、 柴朴湯、 柴蘇飲など |
血(けつ)の働きを良くする | 熟地黄、当帰、芍薬などの生薬を中心に組み立てられたもの 四物湯、 調経種玉湯、 当帰芍薬散、 温経湯など、また不正出血時には、芎帰膠艾湯 |
冷え(血行不良の強い状態)を改善 | 附子、乾姜、呉茱萸などの生薬を中心に組み立てられたもの 甘草乾姜湯、 四逆湯、 四逆湯加人参、 真武湯、 茯苓四逆湯など |
瘀血の状態を改善する | 牡丹皮、桃仁、紅花などの生薬を中心に組み立てられたもの 桃核承気湯、 加味承気湯、 桃仁承気湯、 大黄牡丹皮湯、 通導散、 通経湯、 桂枝茯苓丸、 折衝飲、 牛膝湯、 加味逍遥散など、また不正出血時には、芎帰膠艾湯 |
上記に加えてオリジナル漢方を完成させるための代表的な生薬
1理血薬
止血薬 | 理血薬の中でも特に出血のときに使われる生薬 仙鶴草、 三七人参、 艾葉、 槐花など |
---|---|
活血薬 | 理血薬の中でも特に瘀血の状態を治療する生薬 川芎、 丹参、 鶏血藤、 延胡索、 益母草、 桃仁、 紅花、 牛膝など |
2補養薬
補気薬 | 補養薬の中でも各臓器や器官の生理的な機能を高める生薬 人参、 黄耆、 白朮、 甘草など |
---|---|
補血薬 | 補養薬の中でも血の生理的働きを高める生薬 地黄、 当帰、 芍薬など |
3去寒薬
去寒薬 | 附子、 乾姜、 桂枝、 呉茱萸、 蜀椒など |
---|
4理気薬
理気薬 | 香付子、 橘皮、 青皮、 枳実、 木香など |
---|