当院での一年に渡る漢方治療で自然妊娠、妊娠中および出産後にも漢方薬服用を続けた一例
(33歳 女性)
経過
長年に渡る不妊歴あり、その原因の一つとして右卵巣奇形種を疑われ2012年5月に部分切除。その後もタイミング法を施行するも妊娠しないため10月初診。薬局で婦宝当帰膠を服用すると月経痛が楽になる。排卵痛、性交痛等なし、但し排便は2日に1行とやや便秘。また背中のニキビが気になるとのこと。
来院時所見
初診時は月経周期28〜30日で順調。月経周期5日目での腹診で明らかな瘀血の所見は認められないものの、腹部全体にガスが溜まり張った感じあり。舌の色は少し瘀血色。
治療経過
初診時10月25日:月経周期6日
腹部の強い張りと、やや便秘傾向なため通導散を選択もあり得ましたが、以前に薬局で婦宝当帰膠を処方して貰っていた時に調子が良かったとのこともあり、四物湯を処方ることにしました。ただ腹診所見上ではある程度の強さの漢方を使わなければ、腹部の張りが取れそうな感じがなかったために、当院オリジナルの桃核承気湯加減を基本処方とし、それに四物湯を加法する形にしました。
2回目の診察2012年11月13日:月経周期24日
下痢もせずに便秘が改善されちょうど良い感じとなりました。背中のニキビが気になるとの訴えあったために、前回の処方にヨクイニンとケイガイレンギョウを加えました。
その後、生理の感じも良く体調も良いために同じ処方を続けることになりました。来院は1〜2ヶ月に1度程度の割合としました。
6回目の診察2013年4月2日
月経痛も全くなく、背中のニキビも気にならなくなって来ました。月経周期が少し短くなったと本人からの訴えありましたが、27日周期になっただけですので、心配ないとお伝えしました。
10回目の診察8月24日:妊娠5週
漢方治療開始後おおよそ9ヶ月で自然妊娠。ここで妊娠期の基本的な処方である当帰芍薬散に変更しました。
11回目の診察9月19日:妊娠8週
咽痛、咳、微熱と風邪の症状があり、産婦人科で葛根湯を処方されました。風邪は進行した状態ですので、この様な時には葛根湯ではなく柴胡桂枝湯を基本にした方が良いでしょう。そこで柴胡桂枝湯加桔梗葛根に半夏散及湯を加えて処方しました。
妊娠中には問題なく使える漢方薬と使わない方が良い漢方薬があります。漢方薬だから妊娠中も絶対に安全と言うわけではありませんので、妊娠中に風邪等をひいた方は専門の医師に御相談されるとよいでしょう。
13回目の診察2014年3月27日:妊娠35週
予定日(4月26日)まであと一ヶ月の時点でくしゃみ、鼻水等の花粉症症状出現。お腹の中に子供がいれば抗アレルギー剤などは服用したくありません。そこで花粉症の処方として小青龍湯に白芷を処方しました。
14回目の診察2014年5月2日:妊娠40週
陣痛が来ずに予定日より一週間近く遅れています。小青龍湯にして当帰芍薬散を休むと体が浮腫むとのことでした。その後、翌週に無事に女児を出産。出産後には産後の回復を考えて、芎帰調血飲を処方しました。
まとめ
この方は最初に処方した桃核承気湯加減と四物湯の合法がとても体に合っていて、妊娠判明までの10ヶ月間ほぼ処方を変更しませんでした。この方の様に漢方処方が証に合っていると、毎月の生理の出血の仕方、出血の色、性状などでなんとなく変化を感じることがあります。以前に薬局で婦宝当帰膠と言う処方をされていましたが、腹診所見ではその処方ではないことが一目瞭然でしたので、今回の様な比較的強めの漢方処方を加えることに迷うことはありませんでしたし、また結果的にも良かったと思います。
この方の様に妊娠中に風邪をひいたり花粉症の症状が辛くなったりは良くあることです。風邪には一律に葛根湯と言うわけではありません。葛根湯は風邪の初期のみです。今回の様に進行した症状では柴胡桂枝湯や小柴胡湯などを基本とした方が良いでしょう。
また妊娠中に処方していた当帰芍薬散は安胎薬と呼ばれている様に、妊婦さんの基本処方になります。血液の質を良くする生薬群と体の水はけを良くする生薬群などから構成されています。この方の様に妊娠中の浮腫の予防にも積極的に用いることの出来る処方です。
出産後に用いた芎帰調血飲(万病回春)は当帰芍薬散の変法になります。当帰芍薬散甘草乾姜湯と言う当帰芍薬散よりも強く浮腫を取る処方がありますが、それを基本に子宮の復古を促す益母草を加え、さらに産後の体の気の流れを整える気剤が入った処方になります。赤ちゃんに母乳を与えていても問題なく服用出来ます。
この様に漢方は産後の体調管理にも効果があります。